札幌スピリチュアリスト・ブログ

スピリチュアリストとして日々感じたことや、考えたこと、書籍の紹介などを徒然なるままに記します。

現代人が抱える精神的危機とスピリチュアリズム

 

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科学技術の急激な進歩に戸惑う現代人

 21世紀の約20年を経過した今日、科学技術の発展は急激なカーブを描きながら私たちの生活に大きな変化をもたらしつつあります。高度に発達したICT技術やバイオテクノロジー遺伝子工学などの生物学的な技術はこれまでの人類歴史のどの時代においても実現しなかった人と人がオンラインでつながるという世界を実現し、そうした外部環境の変化だけでなく人体の生物学的な環境をも一変させようとしています。こうした科学技術の発展に伴う急激な変化は、内面の精神的な発展や成長という裏付けがあっての変化であれば、歓迎すべきことですが本来備わっているはずの内面の成長による心の豊かさや幸福感という視点から見るならば私達の内面は決して満足できる状況とは言えません。外部環境の急激な変化に対応できないまま多くの人々が将来に対する漠然とした不安や現実に差し迫った様々な危機に対処できないでいます。地球環境全体に及ぶ生態系の危機や資本主義という経済的なシステム全体の危機、人々の相互不信や物欲を根底においた紛争や戦争、テロリズムの横行など日常生活を送りながらも、危機の本質を理解できないまま時代の変化に翻弄されているというのが私達の実情ではないでしょうか。
 現在急激に進行している高度な情報革命、AI革命は労働市場にもかつてないインパクトを与えようとしています。オンラインに繋がったのは、人間だけでなく全てのモノや情報、そして高度に発達した人工知能です。私達は、ものごとを考えるという極めて人間らしい行為においてすら、例えばグーグルなどの検索エンジンというある種のAIのアルゴリズムの力を借りることが当たり前となっています。今こうして私自身ブログで情報発信をしようとしていますが、こうした行為自体が高度なICT技術の恩恵を受けて安価に実現しているのです。今のAIブームは機械学習やその中でも深層学習(デープラーニング)に支えられていますが、全脳アーキテクチャという段階に至らなくても、この分野の社会実装がこのままの勢いで進んでいくだけで、多くの職業が人を介在しなくてもある程度出来てしまう時代が迫っています。モノとモノとがインターネットにつながるIoT(インターネット・オブ・シングス)とAIが結びつくことで、製造業では無人化が進んで来ましたが、この変化はあらゆる産業に及んでいき、人とコンピューター、人とAIの共存という時代を経て、近い将来これまでの人の労働によって成り立っていた生産活動が人がいなくても全自動で行われていくということが夢ではなくなるでしょう。社会制度や人々の価値観が今のままでは、その変化は人類の幸福に結びつかないと警鐘を鳴らす識者も多くいます。

高度物質文明の危機とスピリチュアリズムによる精神革命の進展の兆し
 こうした急激な時代の変化の中で私たちは果たして生きがいのある充実した人生を送っていけるのでしょうか。人生100年時代と言われますが、果たして将来に何の不安もなく急減な変化の時代を生きていけるのでしょうか。もし不安の方が多いのであれば、その処方箋はどこに求めれば良いのでしょうか。もちろん処方箋は決して単純なものではありません。様々なものが複雑化した今という時代、絶えず変化し続ける現実の世界だけにその答えを求めても、誰もが納得できる答えを見出すことは出来ません。人々は今日、古来から探し求めて来た自分自身が理性においても、感性においても納得できる普遍の人生観、価値観をこれまで以上に必要としているのではないでしょうか。人間とは何か、何故人は生まれて来たのか、肉体の寿命を終えた後(死後)はどのようになっているのか、自分だと思っているものの本質は何か、神は存在するのか、存在するとすれば如何なる存在か、宇宙が神によって創造されたとしたらその目的は何か、人が人を愛するとは如何なることか、こうした内面の目には見えなくても、普遍的に存在する真理を私達は何よりも求めているのではないでしょうか。今から10年近く前に、人生における最大の試練に直面して、こうした根本的な疑問を持って人生行路を彷徨っていた私は、スピリチュアリズムに辿り着き、そしてシルバーバーチの霊訓に出会うことが出来ました。そして深い絶望の底から引き上げられて、絶対的な確信をもって他の誰のものでもない自分の人生を歩み始めることが出来ました。
 人生において何を成し遂げなければならないか、それはもちろん各人異なるわけですが、普遍の真理に立脚して今与えられている環境の中で、精一杯歩むことはどなたでもできることです。私自身、残された地上での人生を価値あるものにしていくために日々積み重ねて行きたいと思います。今人生で課題を抱えている多くの方々に是非高級霊であるシルバーバーチの無限の叡智と絶対的な利他愛に触れる機会が訪れて、希望と喜びの人生を歩んでいただけることを願ってやみません。

苦しい時、悲しい時こそ内奥の霊的資質が顕現する好機

 

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 人は、誕生してから幼年期、少年(少女)期、青年期、壮年期、そして人生の黄昏を迎えた老年期と人生行路を歩んでいく中で、様々な人との出会いや出来事を通じてその時、その瞬間でなければ経験することの出来ない多くの体験を積んで参ります。時には、楽しく暖かさに触れる体験や出会いもあるでしょうし、辛く苦しい体験や、切ない思い出、悲しい体験など其の時々に体験する思いは千差万別です。私自身これまでの人生を振り返るとこうしたかけがいのない日々の歩み一つ一つが今の自分という存在を形づくっていると感じることが多々あります。失敗したことや過ちをおかした事も含めて全てが今の自分というものを形作っていると言えましょう。問題は、その貴重な経験や体験や出会いを如何に人としての人格の成長につなげていくことが出来たのか、ある意味で霊性の向上につなげることが出来たのかが何よりも問われる内容であると今は思えます。
 そうした人生を歩む中で今思い出しても心が痛むような苦しみを伴った経験も通過してきたように思います。シルバーバーチの霊訓の中にも「進化とは、不完全なものが少しづつ完全になっていくことを意味するのですから、それは当然苦を伴う過程であるはずです。」という言葉があります。苦しみの中でもがき苦しんでいる最中には、目の前は真っ暗闇で希望の光が見えないと感じます。まして自分が信じていたものが音を立てて崩れたように感じた時、愛している存在から裏切られたと感じた時、大都会の中で自分が孤立していると感じた時、心や身体が病気に蝕まれた時、社会組織の中で理不尽な扱いを受けていると感じた時、自然災害や不慮の事故でかけがいのない人を急に失った時、愛する人が或いは自分自身が癌の宣告を受けた時、人はまるで奈落の底に突き落とされたかのような苦しみや悲しみを感じます。
 第二次世界大戦の最中で行われたある日の交霊会でシルバーバーチはこのように述べています。「真の信仰を身につける好機はすべてのことが順調に行っている時ではありません。そんな時に信仰を口にすることは誰にでもできることです。暗黒の時に身に着けたものこそ本当の信念と言えます。太陽がさんさんと輝き、何の苦労もなく、前途に何の心配もない生活を送っている時に私は神を信じますというのは容易なことです。しかし、そんな呑気な生活の中での信仰の告白には何の価値もありません。中略 風が吹こうが嵐が狂おうが世界がいかに混乱し全てが暗黒に包まれ絶望的になろうと、宇宙の全生命を創造し神性を賦与した力は決して自分をお見捨てにならないと信じる。中略 宇宙の大霊すなわち神の力はあなた方人間を通して流れるのです。もし人間が確固たる不動の冷静さを保ち得ずに怖気づいてしまえば、その力は発揮されません。あなた方一人一人が神なのです。神はあなた方から切り離された何か別の存在ではないのです。宇宙の大霊というのは何か形のない、遠い宇宙の果てにふわふわ浮いている靄のような存在ではありません。人間の内奥に宿された霊的な資質を発揮すればするほど、それだけ宇宙の大霊をこの世に顕現したことになります。これは是非学んでいただきたい教訓です。霊が進化するということはそのことを言うのです。そうやって個性が築かれていくのです。成長するというのはそういうことなのです。」(シルバーバーチの霊訓3巻 2章「悲しい時、苦しい時こそ」より抜粋)
 身近な私たちを取り巻く日常の人間関係から、地球上に住むすべての人々に至るまで思いを馳せてみると、一方で相互の信頼や真の利他愛による心あたたまる光景を目にすると同時に、他方では利己的な思いから生ずる不信や分裂や憎悪による様々な出来事が世界を覆っているようにも感じます。私たちが住む母国である日本も例外ではありません。20世紀は2度の世界大戦を経て人々は、人間の利己性に根ざした相互不信を遠因として生ずる戦争の代価が如何に大きなものかを教訓として学んだはずでした。また無神論や唯物主義が人間に幸福をもたらすものでないことも事実として学んで来ました。しかし、21世紀に入って20年近くを経過した今尚、私達は根本的な不安や恐怖から開放されてはいません。それは、人間の本質が神の分霊として誕生した霊であり、本来は深い利他愛を心の内奥に秘めた存在であること、宇宙を創造した神とはいかなる存在であるか、生きる意味とは如何なることか、深い神性に根ざした利他性を伴う愛とはいかなるものか、そして真の幸福とは何か、このような人として持つ根本的な疑問に対する答えを見出すことが出来なかったからです。今日、こうした全ての人々がその答えを模索してきた疑問に対して明確な回答をもたらしたものが、1848年のフォックス家事件を契機として高級霊からの通信によってもたらされたスピリチュアリズムであり、その中でも最高峰の真理として示されたシルバーバーチの霊訓なのです。
 多くの人々は今、幾多の困難と苦しみの中にあって永遠に色褪せることのない不変の真理とは何かを求めています。どうぞ多くの悩める魂が、この真理の光に触れて絶望の淵から希望に満ちた人生への扉を開いていただけるように願ってやみません。
 
 

 

 

大分岐に差し掛かった人類の霊性向上への道

 

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 霊性の進化・向上に向けた日々の歩みの中で、これまで気づかなかったできごとの中に大切な真理が隠されていることを知る機会があります。霊性の進化・向上とは常に日常生活の中での自分の生き方(過ごし方)、他者との関わり、日々瞬間・瞬間の判断など生活の中で少しづつ磨かれていくものです。自分という存在の内面を深く深く掘り下げていくと表層意識(喜怒哀楽を伴った日々の営みに感応する心・顕在意識)を越えて、潜在意識(根源的な霊的意識)の先に安らかで非日常的な安寧の境地に至る瞬間があります。私達は現実世界の中で肉体をまとい、物質的な次元の制約の中で表層意識(顕在意識)の中に閉じ込められているので、霊的知識としては、自らの本質が霊であると頭で分かっていても実感として霊的意識に通ずることは中々出来ません。霊的意識に心の照準を合わせてたとえ瞬間的であっても一日一度は、潜在意識の奥底にある霊的意識に触れる機会を持ちたいと思います。

 量子論的世界観では、私達という存在は低次元から高次元に至る波動の中に存在しており、意識というある意味では肉体から独立した高次元の精神エネルギーを脳という変換装置を使用して物質次元にバイブレーションを落として、肉体の動きに反映させて例えば肉体労働や執筆などの知的活動を行っていると考えることができます。私達はそのメカニズムを日頃は殆ど意識することなく当たり前のものとして生活しています。しかし、深く考えてみると肉体から独立して存在する高次元の意識体こそが自分と思っているものの本質であることを実感できると、肉体という乗り物が消滅した後もその本質(霊)は消え去ることはないことも実感できるようになります。脳は物質世界と高次元の精神世界(霊的世界とも表現出来ます)を繋ぐ媒介装置であり、脳の中に意識が閉じ込められているわけではないことを自覚することこそ、自分という存在を正しく認識する第一歩だと今は思えます。

 スピリチュアリズムという言葉が問題ではなく、自分という存在や自分を取り巻く世界がどのような構造から成り立っているのかを正しく知って、正しい理解に基づいて日々の現実を生きていくことが真の自己実現であり、真の幸福に繋がる道であると今ははっきり思えます。そのような観点から現実世界を見つめてみると、先回のブログでも紹介しましたが、デカルト以来の要素還元主義的な考え方に基づく目に見える物質に偏重した現代医学の限界もはっきり見えてきます。人間とは異なるバイブレーションを持つ肉体や高次元の霊体が重なり合って共存している存在であり、主体は3次元的物質次元に表現されている肉体(細胞の集まり)ではなく、より高次元の意識体(こちらも階層的に存在する)です。肉体はその高次元の意識体(霊)が宿って初めて生命体として存在できる精巧にできた道具であることがわかれば、これまでの病気に対する考え方や健康に関する考え方にも変化が訪れると思います。

 人類は今、大きな分岐点に差し掛かっています。目に見える物質(3次元的に表現されている存在物)を中心とした偏った価値観によってこれからも存在し続けようとするのか、自分が現実と思っていることを越えた高次元の意識体も合わせたトータルな価値観に基づいた世界観を共通の価値観として生きていくのかの分岐点です。80億人に近づく地球人口の増加、資源の枯渇、人為的な原因による地球環境の悪化、物質(資本・お金)をその価値の中心に据えた資本主義システムの様々な矛盾、絶え間なく発生する国際紛争テロリズムの横行など、これまでの価値観では解決できない矛盾が目に見えて地球全体を覆っています。

 こうした問題を前にして今何より私たちに求められているのは、目に見えるものだけが全てであるという偏狭な時代遅れの価値観を脱却して物理学では常識となりつつある量子論的な世界観、更にはスピリチュアリズムが示し続けているトータルな世界観に基づく普遍的な価値観を理性で判断して受け入れて、それを少しづつ広めていくことではないでしょうか。私自身そうした価値観に基づく生き方を日々重ねていきたいと考えています。

 

 

 

「思考のすごい力」の読後感と現代医療や生物学の限界

 

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 休日を利用して米国の細胞生物学者のブルース・リプトン著「思考のすごい力」~心はいかにして細胞をコントロールするか~(原題は“The Biology of Belief”)を読みました。5月18日付けのブログでドーソン・チャーチ著の「思考が物質に変わる時」の読後感について触れましたが、このリプトン氏の「思考のすごい力」では信念は細胞を変え、人生を変えるとということを学術的な見解として述べているところが画期的です。

 私自身ここ数ヶ月、スピリチュアリズムの思想の中で、生物とは何か、人間とは何か、人間を取り巻く世界について(特に量子論も含めた広い意味での世界について)考え、思考を巡らせていました。そこで、出会った本が先日紹介した米国ホリスティック医療協会創設者のドーソン・チャーチ博士の「思考が物質に変わる時」と今回の世界的に著名なアメリカの細胞生物学者であるブルース・リプトン博士の「思考のすごい力」です。

 この書物の中で 衝撃的な箇所を引用します。第4章「量子物理学が生物学・医学を変える日は近い」の中で「実は米国人の死因の第1位は医原病(医療行為が原因となって生じた病気)である。副作用のために死に至ることもある」という箇所です。治療に用いた薬品の副作用の例としてリプトン氏は「女性の閉経に伴って起こる更年期障害に対して、合成エストロゲンの処方が当たり前に行われている。・・・この薬品は心臓や血管、神経系のエストロゲンレセプターにも影響を与え、これらの働きを撹乱する。そのため、合成ホルモン補充療法は重大な副作用を伴い、心血管症患や脳卒中などの神経系の機能不全を引き起こすことが明らかになった」と書いています。つまり現代医学が物理学では主流になりつつある量子論的な世界観を殆ど考慮せず、ニュートン力学の世界観に立脚し、細胞についてもその真のメカニズムを理解せずに、悪性の細胞を正常化しようとして投与した薬品がそれ以外の正常な細胞の機能にまで良くない影響を与えることを真に理解していないからだと述べています。また遺伝子は単なる細胞の設計図にすぎず、人間の意識や環境が細胞をコントロールしていることを突きとめていきます。

 後半のエピローグでは「地球はひとつの生命体である」(ガイヤという考え)や「わたしたちは宇宙/神の一部の現れ」というセクションがあり、「神とは宇宙を構成する環境全体のことなのだ」とも述べています。著名な生物学者の著者がなぜ、そのような価値観に至ったのかは是非この本を手に取って読んでいただきたいのですが、宗教とは無縁の量子論を打ち立てた物理学者やこの本の著者のリプトン氏のような生物学を深く探求した学者がわたしたちがこれまで目にみえるものだけを全てだと考えてきた物質至上主義が世界のほんの表面をなぞった考えに過ぎず、深い精神世界の真理、量子論が示すモノと思っているものの本質は結局エネルギーであることを正しく理解し、それを現実世界に当てはめない限り、現実問題の真の解決はないといことを示しているのです。

 これは単に量子論が明らかにしつつある世界がミクロの世界の問題というだけでなく、私たち人類が直面する医学や生物学の分野でも無視できないところまで来ていることを明確にしているのです。人類はニュートンの示した世界では常識だった考えから一段階飛躍して世界が「見ることができなくても実在する世界」と「物質を中心とする見える世界」から成り立っていることを事実として受け入れる段階に来ているのではないでしょうか。

 

 

 

 

正しい霊的知識を持って日々実践することの重要性

  

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 人は、自分の歩んでいる人生になるべくなら波風が立たずに、平穏無事で過ごしたいと願います。自分から不幸を願う人などいませんし、できることなら、昨日より今日、そして明日はもっと素晴らしい人生を歩める自分になりたい。そう誰もが願って日々の生活を送っています。勿論、充実した毎日を送っていると感じている方も多くおられると思います。ただ自分の人生を振り返ってみて、一度も不幸だと感じた瞬間はないと言える人は誰一人いないと思います。それは霊的真理と出会い、人生の真の意味するところを先駆けて知らされたスピリチュアリストも同じです。ただ問題なのは苦しみの質です。

 シルバーバーチは、「地上人類への最高の福音」の中で苦しみの中でも無用の苦しみがあることを指摘しています。自ら背負い込んでいる苦しみ、自ら好んで無知と愚かさの道を選んだために引き起こしている苦しみ、偏見が生み出している苦しみ、迷信にとらわれているために生じている無くもがなの苦しみを取り除きたいと述べています。こうした苦しみは、地上人生の最大の目的である霊性の向上に結びつかない苦しみであり、霊的真理を知ることによって解消できる苦しみなのです。シルバーバーは悟りは苦しみの中から生まれると語る一方で、霊的無知なるが故に生じる様々な苦しみから人類を救いたいとも述べているのです。

 これまで地上にもたらされた多くの宗教は、こうした無用な苦しみから人々を救いたいという動機で説かれてきた教えも多くあったと思います。ただ残念ながら地上人が地上の感性で理解できる死後の世界、霊界に対する理解の度合いは実際に他界して霊界で長い間生活してきた霊界人の感性や理解力と比較すると遥か遠く及ばないということが高級霊の通信から明らかになって来ました。教祖が地上人であった時代に受けたインスピレーションの中には、高級霊から受けたものもあったことでしょう。しかし、組織化していく過程でどうしても地上の価値観による人工的な教義に姿を変えて、素朴な真理が埋没してしまい、多くの人々は教義の背後にある霊的事実、霊的真理を知ることができなくなってしまったのです。

 スピリチュアリズム運動は、こうした状況に人類が陥ってしまったことに心を痛めたナザレのイエスを中心とした高級霊達が長い期間をかけた周到な準備のもとに、1848年のハイズビル事件を契機に地上界に始めて霊界通信という形式を通して霊界の事実を伝えて来た運動です。その真偽を判断するのは、私達の理性であるというのです。シルバーバーチは生前自分がどのような人間であったかを最後まで明らかにぜず、ただその発する言葉の内容から真理か否かを判断してほしいと告げました。今私達は、直接交霊会に出てその言葉に出会う機会はありません。残されたのは霊訓と言われる言葉や祈りの記録のみです。

 ただその内容に一度触れると、これまで誰からも聞いたことのない霊界、地上界の真実を理性においても、今の段階の分かっている範囲での知見においても納得できる形で説明されているのです。まだまだ奥が深く明かされていない事実も多々あると思いますが、それでもこれまで漠然としか理解できなかった人間に関する真実がシンプルでありながら実に深遠な叡智として表現されているのです。まずはこうしたブログなどの間接的な表現ではなく、スピリチュアリズム普及会が出版したり、既にWEB上で掲載しているシルバーバーチの言葉に一度触れてみて下さい。そして自らの理性が反発するものは排除して理性で納得できるものを探してみて下さい。そしてそこで述べられている内容に確信が持てたら、実践してみて下さい。きっとあなたの人生に明るい希望の光が見えてくるはずです。そこから先はあなた自身の問題です。是非、まずは霊訓に触れてみられることをお勧めします。

 

スピリチュアリズム・ブックス(スピリチュアリズム普及会のHPより)

http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/index.htm

 

霊的無知と現代宗教の限界について

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霊的無知とは如何なることか

 地球が誕生してから46億年、そして生命が誕生してから38億年が経過しました。そして現生人類のヒト属で現存する唯一種であるホモ・サピエンス20万年前から10万年前にかけておもにアフリカで現生人類へ進化した後、6万年前にアフリカを離れて長い歳月を経て世界各地へ広がったという説が有力です。スピリチュアリズムは神(大霊)による創造論を取るので、類人猿が現生人類に進化したという説とは異なります。考古学的な視点で今日に残る化石を研究した結果多くの事がわかって来ましたが、脳が急激にその大きさが増大するような変化を偶然や突然変異による進化とする説は、今日多くの点で矛盾を呈しています。科学技術の進歩は化石や地層の研究だけでなくDNA解析も含めて数多くの真理を解明して地上に存在する生命や人間に対して多くの事実を明らかにしてきました。そして古代遺跡の発掘等を通してここ1万年くらいの歴史について多くのことがわかって来ました。人間の歴史については、記録が残っていない時代のことは推測するしかありませんがおおよその事はわかるようになって来ました。

 また今日物質の根源についても多くのことを知るに至りました。ニュートン力学アインシュタイン相対性理論量子論などマクロな単位からミクロの単位に至るまで我々の肉体が存在する3次元空間とそれを取り巻く世界の法則や4次元以上の高次元世界が存在することも徐々に解明されつつあります。人間の知覚の及ぶ範囲についてはかなりの事がわかって来たと言えましょう。但しそれは地上世界(3次元世界)という限られた世界のことであり、我々の知覚の及ばない見えない世界、高次元の世界については依然として殆ど何も分かっていないといっても過言ではありません。その意味で、言語を使用し地球上に存在する他の生命体とは全く異なる知性を持った私達ではありますが、死後の世界や高次元の世界に対する無知(霊的無知)という点では数万年の歴史において殆ど変わっていない状態だと言えます。

これまで地上に誕生した宗教の限界

 これまで地球上には数多くの宗教が誕生して来ました。おそらく人類の誕生と宗教の誕生はほぼ同時期と考えられます。これは個人的な想像ですが、シャーマニズムアニミズムのような原始宗教は人間の生活に最も大きな影響を与える自然災害や天候に対して何らかの意味で予知をしたと思われる巫女のような存在に対する尊敬や崇拝ということから端を発して、それが集権的な権力と結びついて宗教の原型が出来たのだと思います。スピリチュアリズムでは、肉体の誕生と同時に神(大霊)の分霊化によって人間は霊と肉の両身体を持った存在として生きることになるといいます。ただ、物質次元に誕生すると同時に霊界から再生したとしても、誕生する前の霊としての記憶はなくなり、霊的無知という状態となり、一部の霊媒体質の人は別として殆どの地上人は霊的感性も鈍い状態となってしまったと言います。

 そして今日世界宗教と言われる特に一神教と言われる宗教が誕生し始めたのがユダヤ教キリスト教イスラム教等が誕生するここ3000年くらいのことです。中でも多くの宗教に影響を与えた聖書(旧約聖書新約聖書)はバイブルとも言われ、多くの宗教や人間の生き方に多大な影響を及ぼして来ました。ただスピリチュアリズムが誕生した1848年以前は、そうした経典や教義は地上の人間によって書かれたり説かれたものであり、かのスェーデンボルグのような生前に霊界と地上世界を数多く往来してその見聞録を残した人物でさえ、霊界の事実のほんの一部を書物に残したに過ぎなかったということです。その意味でこれまで誕生した地上の宗教は霊界で数千年も過ごした高級霊という存在から見たらあらゆる宗教が霊的無知の状態であるということになります。

スピリチュアリズムの誕生と地上人類の覚醒

 1848年から始められたスピリチュアリズム運動は、こうした霊的無知によって地上生活の真の意味を知らず、利己主義と物質至上主義という誤った価値観を克服できず地上を地獄のような状況にしてしまっている人類の姿を見るに見かねてイエスを中心としたヒエラルキーを持ったシルバーバーチのような高級霊団が霊媒(モーリス・バーバネルやステイントン・モーゼス等)を通して直接霊的真理を地上にもたらし、地上人類の不幸を取り除き、霊性の向上進化を図ろうと綿密に計画されて今尚展開されている地上人類救済運動です。地上人類は、歴史上始めて自分という存在が如何なる存在であるかを明確に知る機会を与えられました。後はその内容を正しく学んで実践し、真に幸福な人生を歩んでいくことが求められています。一人でも多くの方が、その霊的真理に出会い新しい希望に満ちた人生を歩まれることを切に願っています。

科学技術の進歩の先にあるもの

 

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 21世紀に入って20年近くが経過しようとしています。20世紀後半から続くデジタル化の流れは、よりその繊細さを増しスマートフォンを始めとしたデバイスの高度化、情報量の飛躍的増大、更に現実世界に存在するもののサイバー空間へのトレイスと連携技術の進化によって私達は、これまで以上に世界を細部に亘って認識することができるようになって来ました。全産業のデジタル化の進展により、私達はいずれ背景にICT技術が使われていることなど意識せずに、生活することが可能になることでしょう。こうした科学技術の進展は、人の働き方にも多大な影響を与えつつあります。同じ時間に同じスペースで事務作業を行うという形も変化し、AIを含めた最先端の技術進歩は、これまでの労働のあり方自体を変えていくことが予想されています。

 シンギュラリティという言葉で代表される人間の頭脳を人工知能が凌駕するという未来に警告を与える学者もいますが、これはこうした科学技術を現在の人類の霊性のレベルでコントロールすることが難しいことへの警告とも取れます。

 更に高度なICT技術の進歩は、生物学や医学という生命を扱う分野にも大きな変化をもたらしつつあります。ナノテクノロジー分子生物学ゲノム解析などもこうした影響を受けた分野といえましょう。こうした先端科学技術の進歩自体は、多くが歓迎すべきものですが、その先にあるものへの明確な答えを示してくれるものではありません。こうした科学技術は、これまで叶えることが出来なかった夢を現実のものにするという意味では、意義深いものかもしれません。しかし、それは世界を物質的な次元だけで捉えていて、それだけではそれを用いる人間の霊性を必ずしも高めるものでない以上、自ずと限界があります。

 その最も端的な現れが、特に地球温暖化などの気候変動リスクの増大という形で現れつつある脅威であり、国家間、民族間の絶え間なく続く闘争や対立状況です。そして物質次元の経済を主体として成り立って来た資本主義は、その矛盾を露呈しつつあります。この地上に生を受けていきなり、この世界の現実に直面せざるを得なかった私達は、様々な試練に遭遇しながらも、与えられた人生を与えられた条件の中で生きて来ました。そこで、時には挫折や失敗を繰り返しながらも徐々に一人一人が幸福や自己実現を求めて来ました。しかし、決定的に欠けていた世界に対する正しい認識、人間の本質は霊であり、自らの中にある霊性に目覚め、それを発揮することが真の自己実現であり真の幸福に至る道であることを認識して生きている人は残念ながらまだほんの僅かです。

 これまでの歴史上において多くの賢人が現れ、偉大な足跡を地上に残してまいりました。そうした人類のこれまでの足跡に学び、それをこれからの生き方に教訓として反映させることは、正しい人生を送る上で大切なことでしょう。ただそうした人類の叡智と言えるものの中で、埋もれてしまった素朴な真理を今日の高度に発達した文明に住む私達の理性でも納得のいく形で地上にもたらされたシルバーバーチの霊訓を始めとした霊的真理の真の価値を知るならば、物足りなさを感じるのも事実です。

 多くの人々が霊的真理を理解して実践する世界、そうした時代が訪れるのはまだ先なのかもしれません。但し、その時代がいつか必ず訪れるようになるのだという強い確信を持って日々をこれからも歩んでいきたいと思います。